ディレクターメッセージ
熊本県の山間に、ひっそりと息づく小さな国──小国町。
人口約6,000人のこの町には、坂本善三美術館という美術館があり、小国シネ・ホールという映画館もあります。また、北里柴三郎博士の出身地としても知られ、建築家・葉祥栄氏による木造建築が町の顔として点在しています。最近まで、杖立温泉では地域住民が出演する伝承芝居も上演されていました。
水がよく、風もよく通る土地。
杉林から差し込む光、大地から吹き出す湯けむりと珈琲の香り、そして私自身の、しろい息。
──この土地に、息づいているものは何なのか。
映画監督としての私は、風景を撮影するとき、その土地やその風景に宿る“人格”のようなものを捉えようと努めてきました。その風景を、風景たらしめているものは何かを探っていくなかで、私はしばしば、自分自身のなかにもある美しさを発見します。
その“人格”のようなものには、多くの場合、名前がありません。せいぜい「土地柄」という大きな言葉でしか語られることがないのです。
2年半ほど小国町に通うなかで、私は気づきました。
──この小さな国には、“善”がある、と。
私は、この町で、いくつもの“善”に出会っていたのです。
風景を風景たらしめているもの、この土地に息づく名もなき価値。それは今のところ、“善”という名前でしか呼べないもの。
この“善”を言葉にし、見えるかたちにし、次の世代へと手渡していくために、私は『国際小国学』を立ち上げることにしました。文化人類学者をはじめとした研究者、作家、キュレーター、そしてアーティストたちが協働し、『国際小国学』は“体験する学問”として形づくられ、発信されていきます。
そしてこの秋、その“学びの場”としての芸術祭を、小国町で開催します。
その名も、『小さな国 十月』。
テーマは、“持ち寄って、持ち帰る”。
『国際小国学』をはじめ、各地のローカルな知恵と知識が集まり、感性と交わる季節。
アートと学びがめぐり逢うこの十月、小国町で、ささやかで確かな“善”に触れてみませんか。
『小さな国 Small Land Project』は、そうした新しい体験と、蓄積されていく知恵と経験が、より良き次世代へと連なることを目指して、今、静かに始動します。
続きは、小さな国の十月で。
追伸:十月の次は、六月の予定です。
小さな国 Small Land Project
総合ディレクター
遠山 昇司
1984年 熊本県八代市生まれ。映画監督・アートディレクター。
早稲田大学大学院国際情報通信研究科修士課程修了。
主な映画作品に、熊本・天草を舞台にした『NOT LONG, AT NIGHT −夜はながくない−』(2012年/第25回東京国際映画祭〈日本映画・ある視点部門〉出品作品)、熊本豪雨を受けて制作された『あの子の夢を水に流して』(2022年)等があり、海外映画祭にて映画賞を多数受賞。同時に、映画だけでなく、多様な分野で活動し、熊本県津奈木町にある海に浮かぶ旧赤崎小学校を再利用したアートプロジェクト『赤崎水曜日郵便局』(2013年/2014年グッドデザイン賞受賞)は、多数のテレビ番組で特集され、書籍化された。また、国内屈指の規模をほこる『さいたま国際芸術祭2020』では統括ディレクターを務めた。2025年10月5日より熊本市現代美術館にて自身初となる美術館での大規模個展『遠山昇司展 収蔵庫の鳥たち』開催。